釧路地方裁判所 昭和55年(ワ)16号 判決 1981年2月24日
原告 寺田福信
被告 国
代理人 辻井治 羽生隆次 野村裕 小林千修
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事 実<省略>
理由
一 原告が、原告主張の債務名義に基づき、昭和五三年六月二一日釧路地方裁判所に訴外丸宮殖産所有の本件土地建物について不動産強制競売を申立てたこと、これより先昭和五二年一一月一六日に訴外平和商事が本件土地建物に設定された根抵当権(設定者訴外丸宮殖産)に基づき、釧路地方裁判所に不動産任意競売を申立て、同裁判所の競売手続開始決定があり、その嘱託により本件登記がなされていたこと、そのため、本件強制競売事件は競売手続開始決定がなされず、本件任意競売事件に記録添付されたこと、その後本件土地建物についての訴外丸宮殖産名義の所有権移転登記について抹消登記手続の申請があり、釧路地方法務局登記官は右申請に基づき昭和五三年七月一二日右所有権移転登記の抹消登記を行なつたが、その際、右申請に訴外平和商事の承諾書が添付されていたことにより、裁判所の嘱託を経ずして、職権で本件登記を抹消したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
二 原告は、競売申立登記はこれを抹消すべき旨の裁判所の嘱託があつた場合にのみ抹消しうるもので、釧路地方法務局登記官が右嘱託を経ずに職権で本件登記を抹消した措置は違法である旨主張し、これに対し被告は、競売申立登記といえども不登法一四七条二項に基づき登記官が職権で抹消しうるもので、その場合これを抹消すべき旨の裁判所の嘱託は不要であるから、釧路地方法務局登記官は同法に基づき適法に本件登記を抹消したものである旨主張するので、この点について判断する。
1 まず、競売申立登記がなされた後に、その債務者名義の所有権移転登記について適法な抹消登記申請があつた場合には、右所有権移転登記を抹消すると同時に競売申立登記をも抹消することを要し、これを残置したまま右所有権移転登記を抹消することはできないものと解すべきである。この点に関し、原告は、競売開始決定は関係的処分禁止効を有するのみであるから、競売申立登記がなされた後でも、所有者である債務者が新たな処分をした場合には、その処分に関する登記(所有権移転登記等)をなしうるのと同様に、競売申立登記がなされた後であつても、右競売申立登記を残置したままその債務者名義の所有権移転登記の抹消登記をなしうる旨主張するが、競売申立登記が既になされた後において、さらに新たな処分に関する登記を経由する場合と、債務者名義の所有権移転登記を抹消する場合とを同一に論ずることはできない。蓋し、競売申立登記がなされた後の新たな処分行為は、実体法上競売申立人ないしは競落人に一切対抗しえないものであるから、競売申立登記がなされた後新たな処分行為に関する登記がなされたとしても、競売手続はそのまま進行させ、競落に至つて競落人のため所有権移転登記をなす際には、登記簿上の整合性を回復するために競落人への所有権移転登記と抵触する右の新たな処分に関する登記を抹消しても、右登記の権利者に何ら不当な不利益を与えることにはならないので、常にそのような措置をとることが可能であり、従つて、右のような競売申立登記後の新たな処分に関する登記は、競売手続の進行を妨げることがないということができるのであつて、そうであるからこそ、競売申立登記のなされた後に、新たな処分に関する登記を経由することが差支えないことになるものである。これに対し、競売申立登記のなされた後に、債務者名義の所有権移転登記の抹消登記申請があつた場合に、原告主張のように競売申立登記を残置し、右所有権移転登記を抹消したとすると、右競売申立登記にかかる競売手続が進行し、競落に至つて競落人のため所有権移転登記をなす際に、改めて登記簿上の整合性を回復するためには、先に抹消した所有権移転登記の抹消回復登記手続を経由することが必要となるが、右の所有権移転登記の抹消登記申請をなすについての抹消原因は、実体法上競売申立人ないし競落人に対抗しうるものであることもありうるのであるから、当該抹消原因が競売申立人等に対抗しうる場合にも、右の抹消回復登記手続を経由するとすれば、抹消登記の権利者に理由のない不当な不利益を与えることは明らかであるところ、右の場合にかかる不当な結果となるのは、結局競売申立登記後に債務者名義の所有権移転登記を抹消するに際し、競売申立登記を残置して競売手続を進行させたことにその原因があるにほかならない。してみると、前記のように競売手続の進行を妨げることのない新たな処分に関する登記とは異なり、債務者名義の所有権移転登記の抹消は、その抹消原因如何によつて競売手続の進行を許さないこともありうるのであるから、右所有権移転登記を抹消する以上、競売申立登記も同時に抹消しなければならないものと解するのが相当である。もつとも、債務者名義の所有権移転登記抹消の原因が、実体法上競売申立人ないし競落人に対抗しえない場合もありうるから、債務者名義の所有権移転登記の抹消登記申請があつた時点で、登記官が申請当事者間に競売申立人等に対抗しうる抹消原因が実体法上存在するか否かを判断し、その存否によつて競売申立登記の存廃を決するような措置をとりうるものとすれば、右措置は実体関係を如実に反映した登記処理ということもできるけれども、形式的審査権を有するに過ぎない登記官が、右のような措置をとりえないことは明らかである。従つて、競売申立登記がなされた後に、その債務者名義の所有権移転登記について、適法な抹消登記申請があつた場合、右所有権移転登記を抹消すると同時に競売申立登記も抹消すべきであつて、これを残置することはできないものといわざるをえない。してみると結局、競売申立登記の抹消は、登記官において職権で行なうほかはなく、かつ、その抹消方法は、一般の登記理論に従い、不登法一四七条二項によつてなすべきものと解するのが相当である。なお、旧民訴法六九〇条、七〇〇条一項、旧競売法三五条の各規定は、いずれも競売申立登記の抹消をなすべき一場合を定めたものであつて、これらの規定によらなければ、競売申立登記の抹消が一切なしえないものと解することは相当でない。
2 つぎに、不登法一四六条一項は、登記の抹消申請に際し、その抹消に登記上利害関係を有する第三者があるときは、その者の承諾書又はその者に対抗することのできる裁判の謄本の添付を要するものとして、同法一四七条二項所定の登記官の職権で抹消さるべき登記の権利者の保護を図つている。そこで、競売申立登記のなされた後に、その債務者名義の所有権移転登記の抹消登記申請があつた場合に、右競売申立登記の嘱託をなした裁判所をもつて、同法一四六条一項所定の利害関係を有する第三者に該当するものと解することが可能であるとすれば、裁判所の承諾書等のない場合には、右所有権移転登記の抹消をなしえず、また、競売申立登記の抹消もなしえないのであるから、実質的に競売申立登記の抹消には裁判所の嘱託を必要とするのと同様の結果となるけれども、右のように解することは不可能である。蓋し、競売手続を行なう裁判所は、競売申立人のほか、記録添付債権者等競売申立登記に利害関係を有する者の存在は確知しえても、右所有権移転登記の抹消原因が実体法上これらの者に対抗しうるものであるか否かの判断を行なう立場にはないし、また、仮に右裁判所において右所有権移転登記の抹消について、任意に承諾を与えない場合には、不登法一四六条一項の趣旨に則り、右所有権移転登記の抹消登記申請者に対して裁判所を相手方とする承諾請求訴訟を提起する地位が与えられなければならないところ、裁判所を被告とする右のような訴訟手続は、法の予定するところではないからである。
3 さらに、右2の場合において、競売申立登記との関係で、記録添付債権者を不登法一四六条一項にいう利害関係を有する第三者に該当すると解することもできない。蓋し、不登法一四六条一項にいう利害関係を有する第三者とは、形式的審査権を有するに過ぎない登記官がこれを判断する必要上、専ら登記簿の記載のみによつて形式的に決定されるものであるから、たとえ実質的には権利を有していても、登記簿上権利者として表示されていない者はこれに該当しないものと解するを相当とするところ、記録添付債権者は、登記簿上競売申立登記に表示されることはないからである。
4 してみると、競売申立登記のなされた後に、その債務者名義の所有権移転登記の抹消登記申請があつた場合、右の競売申立登記との関係で不登法一四六条一項にいう利害関係を有する第三者に該当する者は、登記簿上競売申立登記の申立人として表示された者のみであると解するのが相当である。
しかして、本件において、競売申立登記である本件登記の申立人が訴外平和商事であり、かつ訴外丸宮殖産名義の所有権移転登記の抹消登記申請の際、訴外平和商事の承諾書が添付されていたことは前示認定のとおりであるから、他に本件登記の登記官による職権抹消の措置に違法原因が存在する旨の原告の主張、立証もないので、釧路地方法務局登記官が不登法一四七条二項に基づき、本件登記を職権で抹消したうえ、右所有権移転登記の抹消を行なつた措置には、何ら違法原因は存在しないものというべきである(なお、このように解するときは、記録添付債権者として独立の競売申立登記を経由する方途のなかつた原告に不測の結果を生ぜしめるおそれがあるが、これは本件当時の法制度上まことにやむをえないものであつて、既に説示のとおり、如何ともしがたいものといわざるをえない。この点に関し、昭和五五年一〇月一日施行の民事執行法は二重競売開始決定の制度((同法四七条、四八条参照))を新たに採用して立法的解決を図つている。)。
三 以上認定説示の次第であるから、釧路地方法務局登記官による本件登記の職権抹消の措置が違法であることを前提とする原告の請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当である。
よつて、原告の本訴請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 塩谷雄 春日通良 石原直樹)
物件目録 <略>